「老人と海」(ヘミングウェイ)

老いてなお心中に獅子を飼い続ける老サンチャゴ

「老人と海」
(ヘミングウェイ/福田恆存訳)新潮文庫

老漁夫サンチャゴは、
長い不漁にもめげず、
小舟に乗り、
たった一人で出漁する。
餌にかかった
巨大なカジキマグロ。
四日間の格闘の末、
老人は勝利する。
しかし帰港する途中、
その獲物は鮫によって
食いちぎられてゆく…。

ヘミングウェイによる、
超メジャーな小説です。
日本国内のベストセラーが
「坊っちゃん」「こころ」
「人間失格」なら、
海外作品では本書でしょうか。

実はストーリーというほどの
ものはなく、ほとんどは
海に出た老漁師サンチャゴと
大型カジキマグロとの格闘場面です。
しかも大半はサンチャゴ老人の
独り言の収録なのです。
では、その他の登場人物は?
たった一人で大海原に乗り出した
老人の話し相手は
しっかり登場しています。
3人(3匹)ですが。

一人はもちろん「少年」。
冒頭と終末部分に少年が登場します。
彼はサンチャゴに対し
肉親のように接しています。
サンチャゴもまた、
漁に出ている間、幾度となく、
少年の存在を思い浮かべ、
彼に話しかけているのです。

次は格闘の相手カジキマグロ。
本来は敵同士なのですが、
サンチャゴは
カジキマグロにも話しかけています。
一人語りのほかは
ほとんどがカジキマグロとの会話。
つまりカジキマグロは
助演男優賞的存在なのです。

貧しいサンチャゴは
カジキマグロとの格闘で、
銛や網など多くの装備を失います。
カジキマグロ自体も
帰還途中の鮫の襲襲撃により、
その身の多くを失っています。
サンチャゴとカジキマグロの姿が
重なります。

大切なのは「誇り」なのでしょう。
カジキマグロはその身を失いながらも、
雄々しい骨格を人々に知らしめ、
その存在を誇ることができました。
サンチャゴはそのカジキマグロを
陸まで持ちかえることで
自らの仕事の確かさを
誇ることができたのです。

そして最後3人(3匹)目は
サンチャゴの
心の中に棲まう「ライオン」。
彼は心の中にライオンを
棲まわせています。
サンチャゴの夢の中のライオンは、
彼の枯れることのない
情熱の現れなのでしょう。
だからこそ、
カジキマグロとの壮絶な格闘が
可能だったのです。
彼の一人語りは、
いわば心の中のライオンとの
対話と言っていいでしょう。

雄々しくも痛々しい彼の姿に、
人生の終末の誇りというものを
考えてしまいます。
自分はそれだけ
気高くあり続けることができるか?
答えは出ません。

(2019.5.15)

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